ホワイトウオーター in セメスターコース


 72日間という気の遠くなるような長い長いセメスターコースです。ベースもあちこちと転々として、セイリングからバックパッキング、野外救急法の講習まで、なんでもやるといった感じです。大学生対象のコースかと思ったらそうでもないようで、18才から31才まで幅広い年齢の生徒達でした。プログラムも長く気心も通い合っているのか、ダイナミーに比べて落ち着いているなあと言う感じを受けました。救急法の時から一緒だったせいもあるのか、みんなが「タツ!タツ!」と、心やすく呼びかけてくれるのが何とも嬉しかったです。

 このカヌープログラムに特に必要だった装備

  パドル  つま先からあごまで、ちなみに私は56インチ。
  ヘルメット  ちなみに私はLサイズ
  ライフジャケット  すその短い方はカヤック用です。
  ドライスーツ  これを着ると、中に水が入りません。ということは・・・
  ロングブーツ(長靴)  冬場のカヌーは足をなるべくぬらさないように。
  冬用衣服  とにかく乾きやすいことが大切なのです。
  カラビナ  船が転覆しても、ウオーターボトルが船から落ちないようにするためです。

インストラクターを紹介します。

 セメスターコースのインストラクター、モーリンとダッドです。セーリングからカヌー、バックパッキング、ロッククライミング、なんでもこなします。モーリンは慎重型、ダッドは行動型でユーモアいっぱいです。

10月14日(土)
 今日は、セメスターコースの生徒たちと、明日からのカヌーコースの打ち合わせである。とはいっても、私は聞いてにこにこと頷くだけなのであるが…。ホワイトウオーターカヌーの準備で、冬場のスキューバダイビングで使うようなドライスーツが支給された。やっぱりあの冷たい川で泳ぐことになるのか。覚悟を決めなければいけないみたいだ。午前中は、食料の計画を立てたり(72日間のセメスターコースでは、途中から食糧計画はすべて生徒たちに任される。重くなるも軽くなるも、質素になるも豪華になるも、生徒たちのチョイス次第というわけだ。「俺はあれが食いたい。」「私はあれでないといやよ。」白熱していた。
 午後からは、食料も含めたパッキングの準備だ。私は、自分で使うテントの作成に勤しむことにした。最初の8dayバックパッキングの時に、インストラクターのジョンが使っていたのから目を付けていたのだが、中央にストックを立てて使う4角錐型のタープテントをこちらのインストラクターは持ち歩いていて、軽量で設営も簡単で、ビバークには実に使い勝手が良さそうである。カタログを見ると、150ドル(1万8千円位)で、ちょっと高い。買おうかどうしようか迷っていると、2ヶ月ほどネパールをトレッキングするというダンが、自分が作ったというそれを見せてくれた。と言うわけで、機会があれば自分も作ろうと、山屋でテントの材料を買い求めていたのである。
 ロジステックのエリーにミシンの使い方を教えてもらい、午後から地下に潜り込んだ。使い慣れないミシンに格闘しながら、午後7時にテントは完成した。とりあえず、思ったようなものができた。明日からのカヌーツーリングは、これを試してみよう。
 
10月15日(日)
 朝の7時半に駐車場に集合して、カヌーのトレーラーを引っぱったバンに乗り込んだ。北に向かって3時間半。おしりがそろそろ痛くなってきた頃に、めざす湖「ムースヘッドレイク」に着いた。対岸がかすんで見えるくらいのでっかい湖だ。
 トルトゥージャという薄焼きパンで腹ごしらえをした後、湖に繰り出した。ところが、沖は白波が立っているほどの荒れ模様の天候だ。これでもやるのか。もし転覆したらどうするんだ。と思いながらいると、7艇の2人乗りカヌーを4艇と3艇の2つに分け、ロープでそれそれを結びだした。なるほど、これなら多少の波でも転覆は避けられる。さすがに、こういうスキルには感心する。
 しかし、波は予想以上に高く、艇と艇の隙間から吹き上げる水しぶきで全身がずぶぬれになる。島影に隠れるようにコースを変えて波間を木の葉のように漂う。何とか島影に到達して、今日はここが宿泊地になった。明日は、風がやまないと引き返してロードを進むそうだ。風が止みますようにと願っていると、女の子が1人寒さで全身のふるえが止まらなくなってテントに入ったという。先日習った「ハイポサーミア(低体温症)」だ。気温は夕方で零下。ずぶぬれで着ているものが湿りっぱなしだと無理はない。タイムリーに習ったハイポサーミアの処置を実体験で実習して生徒たちは落ち着いている。これが目的で今日の強行があったのではないかと思われるくらいだ。私は、ゴアテックスの上下と暖か下着のおかげで寒さは感じても割と快適である。
 どんどん気温が下がる中、簡単なナイトミーティングを行って就寝となった。始めて寝るテント(ビバークタープ)は、この気温ではちょっと寒かった。センターから借りた腹が立つくらいでかい冬用の寝袋に潜り込んで、穏やかな眠りについた。
 
10月16日(月)
 朝から、2人の生徒が朝食作りに励んでいる。このコースは、生徒のその日の役割分担が実にはっきりと分かれていて、その日の自分の仕事以外はまず手を出さない。しかし、任された仕事は、プライドと責任を持って取り組んでいる。11人の仕事の分担はこうだ。キャプテン(1人)、コック(2人)、スカラビー(2人)これは、鍋磨きも含めた食事の後の片付け係である。ナビゲーション(2人)、ヘルス(1人)、エンターテート(1人)、リーブ・ノー・トレース(1人)、ジャーナル(1人)となっている。この中で面白いのが、エンターテートとリーブ・ノー・トレースだろう。エンターテートは、グループの盛り上げ役という役割で、ゲームやリーディングを担当する。自分で作った詩の朗読などをして拍手を浴びている生徒もいた。リーブ・ノー・トレース(これを今回自分の研修の最大テーマにしようとたくらんでいるのだが)は、ローインパクトキャンプのお目付係である。テント撤収後の土地の整地や、こぼれたスナック菓子の回収、とにかく、自分たちがそこにいたという後を残さなくすることが仕事である。始めて出会った役割であるが、なんだかすごい意義を感じて感動してしまった。
 昨日の風が嘘のように止んで、湖面は穏やかな顔を見せている。今日は湖面を9マイル(約14km)のカヌーツーリングだ。最年少の男の子:アダムと組んで湖面に繰り出す。太陽が照るたびに暖かくなってTシャツになりながら、快調なパドリングをする。湖岸に立ち寄り昼食を取って、午後のツーリングも快調である。昨日のロスも回復して、ほとんど予定通りに湖の北岸のキャンプ場に着いた。カヌーのツーリングでは、ほとんど湖岸のキャンプ場を使用する。トイレもあって快適だ。
 この日の夜は、ダッチオーブンを使ったブレッド作りを見た。イースト菌を発酵させるところから始まって、なかなか本格的だ。バックパッキングでダッチオーブンを運ぶのはまず無理だろうから、荷物のキャパシティの多いカヌーツーリングならではのデモンストレーションのオプションだろう。たき火を使ったパン作りを興味深く見せてもらったが、このためだけにあのくそ重たいダッチオーブンを運ぶのかと思うと、出発前にパンを焼いて、それを持っていった方が軽いのではないかと私は思ってしまった。
 風はない静かな夜で星があふれんばかりに瞬いている。気温は昨夜よりも寒いようだ。ハイポサーミアの彼女:ハナウは、今日は素敵な笑顔を振りまいていた。
 
10月17日(火)
 今日のパートナーはジュリアという女の子だ。彼女は今日のリーダーですごく張り切っている。湖の奥までカヌーで詰めて、そこから約3マイルのポーテージになった。カヌーを裏返し、中心に肩を乗せてよいしょと持ち上げるわけだが、バランスさえとれれば以外に簡単にもてる。しかし、重い。
 夕刻近くまでかかって別の湖に到着して、カヌーを降ろす場所を探しているときにそれは起こった。岩場に踏み出した私の右足がバランスを失って、膝が反対に曲がるごとく伸びてしまったのだ。ザックをかかえたままで更に膝に荷重がかかり、ごきっという音と共に見事に岩場に倒れ込んでしまった。吐き気を伴う痛みで、「いっちゃったかなあ。」と思ったが、痛み止めの薬を飲んだら何とか歩けそうだ。自分の不注意で何とも情けないことになった。セメスターの生徒たちは、「タツはもう荷物を持っちゃだめだぞ。」と言って、私のザックまで運んでくれる。申し訳なくて心がいっぱいになる。なんとも優しい子供たちだ。
 明日のカヌーができるかどうか心配だが、そのためにここまで来ているのだから何とか頑張りたい。とことん膝を休めながらその日を過ごし、明日に備えて早く寝袋に潜り込んだ。今日も星がきれいだ。寒い。
 
10月18日(水)
 薬で痛みは抑えているが、膝はふくれてこわばったように重い。ホワイトウオーターカヌーは、カヌーの底に両膝をつけて踏ん張らないといけないので、恐る恐る膝を折ってみる。OK!できる。多少の痛みはあるものの、これならば大丈夫だ。
 朝食を待ちながら、生徒たちが出発に備えてカッパを着だした。そらがどんより曇ってきている。さすが、72日間の折り返しを迎えているセメスターコースの生徒たちだ。ここら辺のところはインストラクターの指示を必要としない。そのうち雨も落ちてきた。判断も的確だ。
 雨の中のパドリングとなった。今日はツーリングではなく、湖で明日のホワイトウオーターカヌーに備えて、パドリングのいろいろな技術の講習だ。パドルを押し出す「Pry」、反対に引き込む「Drow」、パドルを持ち替えずに反対側を漕ぐ「Reverse」そして、それらを応用して、2人で息を合わす360度ターン。目の前に岩が迫ってきた想定で行う、左右への平行移動。どれも、明日のホワイトウオーターカヌーに必要で身につけて置かなくてはいけない技術だ。真剣で臨場感のある講習が午前中行われ、自然と緊張感が増す。午後は、水門をポーテージしてリバーに入り、流れのあるところで、流れを真横に横切る「up streem ferry」岩を巻く渦を利用して岩陰(eddy)に入る「eddy turn」eddyから主流に乗る「peel out」等を習った。セメスターコースでのホワイトウオーターカヌーでも習ったものも多かったが、水量も多く、ホワイトウオーターの激しさを表す等級が一つ二つレベルを上げている今回のホワイトウオーターカヌーでは、緊張感のレベルも違う。
 ひととおり講習が終わって、流れを少しくだってホワイトウオーターカヌーの出発地点まで移動した。小さなたきを含んだ濁流地点をポーテージして、河原にカヌーを引き上げて明日の出発に備える。生徒たちはそこから荷物を背負って3マイル川沿いを歩いて下ってキャンプ地に向かう。膝もだいぶん良くなって、自分で自分の荷物を背負えるようになって安心した。生徒たちはダッチオーブンの入ったばかでかいザックに苦労している。
 雨の中、小一時間かかって下流のキャンプ場に到着した。芝生の上にテントを張って、キャンプ場横の川の様子を見に行く。1mちかい段差を含むホワイトウオーターがそこにあって、インストラクターのモーリンが「明日はここは無理ねえ。手前からポーテージしましょう。」と言っている。濁流にびびっていた私は、なんとなくホッとするが、実は次の日にここをもトライすることになる。
 雨の中、働き者のピーが、その日のコック:シェーンと一緒に夕食を作っている。他の者はと言うと、インストラクターも含めて幾つかのテントに潜り込んで、カードやゲームをして遊んでいる。こういうところのあっさりとしすぎるほどの、合理的というか役割分担が徹底しているというか、割り切ったやり方は何となく自分には合わず、手伝いはしなかったが(フレーズが替わったから食事関係などは手伝ってはいけないと言われた。)キッチンターフに入って彼らと話をしながら過ごした。
 この日は私にとってセメスターのコースでの最後のナイトミーティングとなったが、ミーティングの流れが面白い。何となく食事後にみんなで集まって、スカラビー(鍋磨き係)の仕事を待ってまた何となく始まる。その日のエンターテーナー(演出係)が工夫した出し物を披露して拍手をもらう。次は、その日のリーダーに、みんなでお礼を言い一言ずつ賞賛の言葉を贈る。次が「ネックレスの贈呈」である。ネックレスは、陶器のペンダントヘッドを麻ひもで結んであるもので、班に4つくらいあるそうだ。前の日にもらった人から、その日に「セルフリライアンス(自己自信)」をもって動いたと思う人に贈呈される。自分の1日が認められる瞬間なので緊張の一瞬である。私も2度ほどもらったが、もらうときより贈るときの方が難しい。しかし、面白いミーティングだ。インストラクターは、明日のプランの説明の時以外はあまり口を挟まない。さすが、30日以上の日数の重さを感じる。
 雨はまだまだ強く、作ったテントは内側にも水滴が流れるようになった。テントもこの天気が限界みたいだ。テントにふれそうな寝袋の足をビニール袋に突っ込んで眠りについた。明日は晴れますように・・・
 
10月19日(木)
 ホワイトウオーターカヌーの日がやってきた。空は雨が止んで、所々青空も顔を見せている。お気に入りのホットチョコレートを飲みながら、今日のカヌーへの期待に胸を躍らす。クエストキャンプでカヌーのプログラムができないものだろうか。山口県にもいい川はたくさんあるし、カヌーを使っての海での島渡りも楽しいかも知れない。カヌーも20艇単位なら安く輸入でそうだ。夢はどんどん膨らんでいく。
 カヌーのスペシャリティ:ジャネットがやってきた。彼女は、ボーイフレンドが作ってくれたという手作りのFRP製のカヤックの形のカヌーを操る。格好良すぎる。
 昨日移動した3マイルを空荷で歩いて上り、カヌーの出発地点までやってきた。ドライスーツを着込んで、ヘルメットとライフジャケットを着けて、これで準備OKだ。なんの準備だろう。水に落ちてもいい準備なのだ。気候は山口県で言うと雪の降っていない1月と言う感じだろうか。広島まで足を伸ばしたら、スキー場は満員という感じだ。しかし!ホワイトウオーターは甘くはなかった。最初は、川に落ちたときの急流からの脱出の仕方であった。やっぱり泳がなくてはいけないのか。ドライスーツを身につけているとはいえ、水は差すように冷たいだろう。
 パドルを持って順番を待つ。水に足を入れると、「あー。」と声を出さずにはいられない。「えい」とばかりに飛び込んで、濁流に突っ込む。濁流を乗り切るまでは足を川下に向けて水面上に出しておく。足がもし岩や何かに挟まって止まってしまったら、体が流れの中に沈んでしまって息をすることができなくなってしまうそうだ。段差を越え、水にもまれながら流れが弱くなったところでエディに向かってじたばたする。I did it.何とかやりきった。さすがドライスーツである。一滴の水も浸透していない。水に直接浸った顔と手足は刺すように痛いが、我慢できないほどではない。体が暖かいから、そのうち血が回って暖かくなるだろう。実際、その後のカヌーで私自身も水面下に沈してしまい、このレスキューのスキルの大切さを実感した。
 今日のパートナーは、1番力のありそうな(一番態度のでかい)サムである。彼がスタン(後ろの座席)で、私がバウ(前の座席)になった。川は下る毎に流れを速くして、緊張感を盛り上げる。最初はいちいちカヌーから下りて説明のもとにコースを確認した。ジャネットの模範と我らのインストラクターの模範の後に、生徒たちが下っていく。エディターンに失敗して沈してしまうカヌーも出るが、最初のレスキューの講習が効いていて、誰も慌てず対処していく。瀬を越える毎に説明や指示が少なくなる。習ったスキルを思いだして、パートナーとコースの確認をして、自分たちで隠れ岩や段差を越える方法を話し合ってトライするようになっていく。こういうところの、手を引くタイミングが絶妙だ。そして、必ずほめる。充実感と達成感が体中を駆けめぐる。
 昨日モーリンが「ここは無理ねえ。」と言っていた最後の段差も全員が沈することなく無事に越えて、夕刻の5時。たっぷり1日楽しんでホワイトウオーターカヌーが終了となった。
 9日間一緒に過ごした彼らと別れを惜しみながら、帰りの車に乗り込んだ。そのままマウンテンセンターに向かうものとばかり思っていたが、その日は遅くなって、近くにある別のベースに身を寄せることになった。ヒサシさん、トオルさん、タカさん、トシさんのことを楽しそうに語ってくれるトムと出会って、その日はトムが5年間泊まっているそこのスタッフハウスで寝袋に潜り込んだ。夢にまで見ていたムースとの出会いも車の中からではあるが果たし、それも2度も!幸せな気持ちで眠りについた。

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