グースアイマウンテン


10月3日(火)
 この辺の地理に詳しいダンというスタッフに相談にのってもらいながら、車で30分送ってもらってそこから山の稜線に入って、避難小屋を泊まり歩く2泊3日のコースが出来上がった。全行程17マイル(約25km)で、非常にのんびりしたコースだが、計画段階では満足できるコースとなった。
 午前中はスコットに頼んで、必要な装備を揃える。救急セットはマイ救急セットを持っていくことにしたが、何かのために携帯電話を借りる。食料も、食糧倉庫から好きなだけ持ち出して用意する。ゴープはもちろん大量に揃えた。
 午後からは、足りない食料を買いにベセルの町に繰り出す。実は足りない食料はないはずなのだが、これは個人ツアーである。肉が食いたい!山頂でウイスキーが飲みたい!と言う誘惑が、往復1時間半のサイクリングに私を突き動かした。これが実に重くなった。ゆっくりするんだからと、クレージーチェアーを詰め込んだり、そう言えばあれもいるわいと荷物を増やしていったら、この前のバックパッキングさながらの重さになってしまった。まあ、1人分とは言え、何から何まで自分で持っていくのだから仕方がない。明日が楽しみで、前祝いをしながら眠りについた。
 
10月4日(水)
 今までの晴天が嘘のようにどんよりした天気だ。スコットも、「タツ!週末は雪が降るぞ。」と、にやにやしながら言っている。いんや。ムースに会うには、少し湿った方がいいかかも知れない。自分を奮い立たせて出発する。
 送ってくれたブライアントにお礼を言って、独りになる。1人ではなく、独りである。そんな気分だ。いきなり寂しくなった。ソロが始まった気分だ。そう言えば、大学の頃から、行くとすれば今の女房と一緒に歩いていて、本当に独りで歩いたことはそれ以来ないような気がする。寂しいはずだ。寂しいという気持ちが新鮮で何となく心地よい。
 今日は3マイル(約4.5km)の登りだ。10時に歩き出して、昼前に着いてしまってはもったいないので、心がけてゆっくり歩くようにする。色が変わったメープルの木が眩しいくらいだ。後1マイルを残して休憩を取る。「あー。」と、空を見上げるとねずみ色にどよんできた。雨の風もふき降りてきた。これは雨が降るぞ!と急ぎ始めたとたん、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。あの黄色いカッパをいそいそと着込んで、何となく変に嬉しくなって急坂を登り始めた。
 雨の中、シェルターに着いたら、何と居心地の良さそうなシェルーターではないか。ドアはないものの、中2階はベッドのようになっていて、その気になれば、10人以上は泊まることができる。今日はここで独りなんだぁ。と、感慨に耽っていると、アベックがやってきた。いちゃいちゃしながらお昼ごはんを食べて出ていった。まずいな。もしかしたら、今日他に泊まる人がいるかも知れないなぁ。と思っていると、あれよあれよという間に、7人が集まった。私を入れて8人である。寂しい沼のシェルターは急ににぎやかになり、華やかな女性の笑い声と、骨太い男性の笑い声でいっぱいになった。「タツ!お前もやれ!」と、ウイスキーが回ってくる。これでは、ムースが出るはずもない。
 楽しい夜だったが、目的がいきなり2つともキャンセルになってしまって、正直少しがっかりしてしまった。
 OBSのことを話したら、「オウ。友だちにそこで働いているやつがいるぞ。」とかえってきた。やっぱり、山の仲間はどこかでつながっている。女性は、「タツ。OBSのみんなは親切か。」と聞いてくる。「親切だよ。」と答えたら、「良かった。山の連中は、自然が好きで人間が嫌いな人が多いから、心配だったんだ。」と言ってくれる。嬉しくなってしまった。この女性の名前だけはメモに書き残した。
 
10月5日(木)
 雨はやんでいる。雲も昨日より薄くなって、青空が隙間から見えている。昨日の女性が、「タツはムースに会いたいんだから、みんながムースになりましょう。」と呼びかけてくれて、ノリのいい仲間がムースのまねをして写真のバックをにぎわせてくれた。
 独りにはなれなかったが、英語から離れられなかったが、何となくほかほかした気持ちになってその日を出発できた。
 今日は5マイル(約7.5km)。ほとんど稜線のアップダウンだ。早く着いても時間をもてあますだけなので、踏みしめるようにのんびり歩いていく。稜線から見る景色は、上空を雲が覆ってはいるけれども、吸い込まれそうな壮大な景色だ。充分楽しんで、昼食にする。昼も贅沢にストーブを出して、買い出ししてきたライスを炊く。うまい!うますぎる!余るほどのゴープ。そして、好きなときに食べられる米。何と贅沢なひとときだろう。寂しさというスパイスも効いて、感覚が敏感になっていく。
 いきなり独りぼっちだという実感が襲ってきた。涙が出てくる。あふれるように出てくる。帰りたくなった。何でこんなところにいるのかと思った。大声で叫んで涙を散らした。 雲が上がってきた。現実に戻される。のんびり歩いていたので、今日の行程はまだ半分以上残っている。急いで支度を整えて、稜線を歩き始めた。結構アップダウンが激しくて、思ったより行程を稼げない。膝も痛み出して歩みは更に遅くなったが、4時前に目的のシェルターに着いた。今日は誰もいない。女の子が1人来たが、私に挨拶をすると、さっさと林の中にテントを張ってしまった。女の子1人のバックパッカーで、私を見ての判断だと思うが、てきぱきとした的確な判断で感心してしまった。ほっといておこう。
 かい出したベーコンと、スキットルに詰めたウォッカを用意して夜を迎える。夜は来た。雨の夜で、入り口越しに見る外は漆黒の闇夜になっている。霧も上がってきて、ロウソクの火にてらされて更に雰囲気を盛り上げる。FMをつけたが、似合わないような気がしてスイッチを切る。ロウソクの焦げる音が聞こえる。やっと独りになったが、何となく、もう独りは充分だ。正面に誰かが座っているような気がしてウオッカをあおった。
 
10月6日(金)
 雨の音で目が覚めた。零下3℃。冷たい雨だ。まだ雪にならないのか。
 暖かい朝食をゆっくり食べて、9時前に出発した。今日は、下りの8マイル(約12k)だ。3時に林道の出口で迎えが待ってるはずだから楽勝のはずだ。が、甘すぎた。雨で稜線は濡れて、靴が踏ん張れない。滑るのだ。昨日から痛み出した膝が、不安定な下りに悲鳴を上げる。ロッククライミングさながらの岩場もあって、更にスピードを弱める。稜線の岩場は風が吹き上げて風上に顔を向けられない。12時を過ぎても、行程の半分以上残っている。とにかく急いだ。何度もこけながら、やっとの思いで数分前にピックアップ地点に着くことができた。この日は、カメラを出す余裕も、バックを降ろして昼食を食べる余裕もなかった。
 疲れた。ぐったりしてセンターに戻った。むかえてくれるみんなの顔が嬉しかった。ソロあけのような人恋しさでひとしきりセンターで話をした後、スタッフハウスに戻ってシャワーを浴びた。

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